どうも、ズワイガニです。
皆さん、歴史に名を残すような名盤って、リリースされた当初から大絶賛されていたと思いますか?
実は、ジャズの歴史を紐解くと、今でこそ「歴史的名盤」「絶対に聴くべきマスターピース」として語り継がれているアルバムの中には、発表当時は評論家たちから「こんなのジャズじゃない!」「ただの騒音だ!」「商業主義に魂を売った!」とボロクソに酷評され、いわゆる「失敗作」の烙印を押された作品がいくつもあるんです。
当時の評論家たちの耳が節穴だったのか、それともアーティストたちが時代を先取りしすぎていたのか・・・。時代が変われば、音楽の聴かれ方も、評価の基準もガラッと変わってしまいます。
今回はそんな「発表当時は酷評されたものの、後年になって評価が完全に反転したアルバム」を3枚ピックアップして深掘りしていきます。
時代の変化と音楽的評価の危うさ、そしてアーティストたちのブレない信念を感じてもらえると嬉しいです!それではいってみましょう!
On the Corner / マイルス・デイヴィス (1972)
まず最初にご紹介するのは、ジャズ界の帝王ことマイルス・デイヴィスが1972年にリリースした問題作です。
マイルスといえば、常にジャズの最前線を走り続け、何度も音楽のスタイルを変えてきたイノベーターですが、このアルバムのぶっ飛び具合は群を抜いていました。
1970年代に入り、若者たちの関心がジャズからロックやファンクに移っていく中、マイルスはジェームス・ブラウンやスライ&ザ・ファミリー・ストーンなどの強烈なファンク・ミュージック、さらにはカールハインツ・シュトックハウゼンのような現代音楽に強く惹かれるようになります。そして「街角の黒人の若者たちに届く音楽を作りたい」という思いから生み出されたのが、この作品でした。
レコーディング・メンバーは超豪華です。マイルス・デイヴィス(トランペット)をはじめ、マイケル・ヘンダーソン(エレクトリック・ベース)、ジョン・マクラフリン(エレクトリック・ギター)、チック・コリアやハービー・ハンコック(キーボード)、デイヴ・リーブマン(ソプラノ・サックス)、そしてポール・バックマスター(チェロ)など、凄腕のミュージシャンたちが集結しました。マイルス自身もトランペットにワウ・ペダルをつなぎ、まるでエレクトリック・ギターのようなギュイーン!という音を出しています。
しかし、いざ1972年にリリースされると、ジャズ評論家たちからは信じられないほどの猛バッシングを受けました。「反復的なゴミ」「知性への侮辱」とまで書かれ、マイルスのキャリアの中でも最も売れないアルバムの一つになってしまったんです。
延々とループする呪術的なベースとドラムのグルーヴ、テープを切り貼りして作られたコラージュ的なサウンドは、当時の保守的なジャズ・ファンには「単なる単調なノイズ」にしか聴こえなかったんですね。参加したミュージシャンでさえ「自分が何を弾いているのか分からなかった」「マイルスのアルバムの中で一番好きじゃない」と戸惑うほどでした。
ところが、それから数十年後。ヒップホップやクラブ・ミュージック、エレクトロニカといった新しい音楽が台頭してくると、このアルバムの評価は完全にひっくり返ります。
「ループする強靭なグルーヴ」と「サンプリング的な編集感覚」は、まさにクラブ・ミュージックの先駆けだったと気づいたDJや新しい世代のミュージシャンたちが、「これこそが最高にクールなストリートの音だ!」と大絶賛し始めたんです。
今では「時代を20年先取りしていたファンク絵巻」として、ジャズの枠を超えて愛される歴史的名盤となっています。
Free Jazz / オーネット・コールマン (1961)
次にご紹介するのは、タイトルそのものが一つの音楽ジャンルの名前になってしまったという、とんでもない影響力を持つアルバムです。アルト・サックス奏者のオーネット・コールマンが1960年末に録音し、1961年にリリースした作品です。
このアルバム、何がヤバいかというと、その編成です。なんと、4人編成のバンド(カルテット)を2つ用意し、左右のチャンネルに分けて同時に即興演奏させるという「ダブル・カルテット」という狂気のアイデアを実行したんです。
左チャンネルからは、オーネット・コールマン(アルト・サックス)、ドン・チェリー(ポケット・トランペット)、スコット・ラファロ(ベース)、ビリー・ヒギンズ(ドラムス)の音が聴こえます。 右チャンネルからは、エリック・ドルフィー(バス・クラリネット)、フレディ・ハバード(トランペット)、チャーリー・ヘイデン(ベース)、エド・ブラックウェル(ドラムス)の音が聴こえます。
事前に決められたメロディやコード進行はほんのわずかで、あとは約37分間、8人の天才たちがぶっつけ本番で音をぶつけ合うという、まさに「音の格闘技」のような内容でした。
当時のジャズ界は、コード進行に沿って美しくアドリブを取るのが当たり前の時代。そんな中でお出しされたこの作品は、当然ながら大論争を巻き起こしました。
アメリカの権威あるジャズ雑誌「ダウンビート」のレコード・レビューでは、評論家たちの意見が真っ二つに割れ、なんと「星5つ(最高評価)」と「星0(最低・無星)」のレビューが同時に掲載されるという、前代未聞の事態に発展したんです。保守派の評論家からは「ただのデタラメな騒音」「音楽に対する冒涜だ」と一蹴されました。
しかし、この「コードやリズムの制約から完全に自由になる」というアヴァンギャルドな試みは、のちにジョン・コルトレーンなどの巨匠たちにも多大な影響を与え、「フリー・ジャズ」という巨大なムーブメントを作り上げることになります。
後年になって改めて聴き直されると、ただのノイズだと思われていた音の塊の中に、実はミュージシャン同士の凄まじいコミュニケーションと、不思議な調和(ハーモニー)が存在していることが理解されるようになりました。
今では、ジャズの概念を根本から破壊し、新しい地平を切り開いた「20世紀音楽の歴史的転換点」として、誰もが認める名盤に君臨しています。
Charlie Parker with Strings / チャーリー・パーカー (1950)
最後は、モダン・ジャズの原点である「ビバップ」を創り上げた神様、チャーリー・パーカー(アルト・サックス)の異色作です。
1949年から1950年にかけて録音されたこの作品は、いつものようなジャズ・バンドの編成ではなく、オーボエやヴァイオリンなどのクラシックのストリングス(弦楽器)セクションをバックに従えて、甘く美しいスタンダード曲を演奏するというものでした。
ジャズの神様が美しいストリングスをバックに吹くなんて、最高にロマンチックで素晴らしい企画に思えますよね?実際に大衆からは大ウケして、パーカーの生涯で最も売れた大ヒット・アルバムとなりました。
しかし、当時のジャズ純粋主義者や一部の辛口評論家たちの反応は冷ややかなものでした。「ビバップの革命児が、大衆に媚びて甘ったるいムード音楽に成り下がった」「商業主義に魂を売った(セルアウトした)」と、猛烈な批判を浴びせたのです。当時のジャズ・ファンにとって、ストリングスを入れることは、ポップスへの妥協であり、芸術的なジャズからの逃亡だと見なされがちだったんですね。
ところが、この批判は完全に的外れでした。実はパーカー自身、イーゴリ・ストラヴィンスキーなどのクラシックの現代音楽を深く敬愛しており、ストリングスと一緒に演奏することは彼自身の長年の夢であり、純粋な芸術的野心だったのです。
時代が下り、偏見なしにこのアルバムが聴き直されるようになると、ストリングスの優雅な響きの上で、パーカーのアルト・サックスがどれほど信じられないほど美しく、かつスリリングに歌っているかが再評価されました。特に1曲目の『Just Friends』での流麗なアドリブ・ソロは、パーカー自身のベスト・プレイの一つとして、現在では多くのサックス奏者の教科書となっています。
「商業主義の失敗作」と叩かれたこの作品は、1988年にはグラミー賞の殿堂入りを果たし、現在では「ジャズとストリングス融合の最高峰」として、ジャズ史に燦然と輝く名盤として愛され続けています。
おわりに
いかがだったでしょうか?発表当時は「最大の失敗作」として酷評されながらも、時代が変わることで「歴史的名盤」へと評価が完全に反転した3つのアルバムをご紹介しました。
これらのエピソードから分かるのは、時代の変化と音楽的評価の危うさです。その時代において正解とされているルールや、評論家たちの権威ある意見も、10年後、20年後には全く通用しなくなることが、音楽の世界ではよく起こります。評論家の酷評は、あくまで「その時代の、その人の一つの見方」に過ぎないんです。
だからこそ、ジャズを聴く時に一番大切なのは「他人の評価や名盤ガイドの星の数にとらわれず、自分の耳で聴いてみる」ことだと思います。世間で「難解だ」「失敗作だ」と言われている作品の中にこそ、あなたの心を強烈に揺さぶる運命の1枚が隠れているかもしれません。
今回ご紹介した3枚のアルバム、もし興味を持っていただけたら、ぜひご自身の耳でその「問題の音」を確かめてみてくださいね!


