フュージョン草創期の名盤『Return To Forever』を聴く。【4コマ漫画付き記事】

JAZZあれこれ

ここはとある町の喫茶店。

レコードを聴きながら今日もマスターはつぶやく。

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【4コマ漫画】喫茶店マスターのつぶやき10

『Return To Forever』の解説

1972年、チック・コリアはECMレーベルから1枚のアルバムをリリースしました。それが『Return to Forever』です。のちに自身のバンド名ともなるこの作品は、フュージョンの草創期において、ジャズの可能性を静かに、しかし深く広げた名盤として知られています。

本作の編成は、チック・コリア(エレクトリック・ピアノ)、ジョー・ファレル(ソプラノ・サックス/フルート)、フローラ・プリム(ヴォーカル/パーカッション)、スタンリー・クラーク(ベース)、そしてフローラのパートナーであり、ブラジル音楽の達人アイアート・モレイラ(ドラムス)という面々。彼らが生み出したサウンドは、エレクトリック・ジャズでありながら、同時にラテン、ブラジリアン、クラシック、そしてスピリチュアル・ジャズのエッセンスが混ざり合った、ジャンルの枠を超えるものでした。

アルバムの冒頭を飾る『Return to Forever』は、エレピの透明な響きと、プリムの柔らかなヴォーカル、ファレルの浮遊するフルートが絡み合い、聴き手を非現実の世界へと誘います。

続く『Crystal Silence』は、コリアとファレルによる静謐な対話のような演奏で、後にゲイリー・バートンとのデュオでも有名になるこの楽曲が、ここで初めて披露されているのも注目すべき点です。

3曲目の『What Game Shall We Play Today』は、比較的短めで親しみやすいナンバー。プリムの英語詞による歌唱がやさしく語りかけるように響き、アルバム全体に軽やかなリズムと明るさをもたらしています。

ラストを飾る『Sometime Ago – La Fiesta』は、14分を超える大作。前半は夢見るようなバラード『Sometime Ago』、後半はスペイン風の旋律と情熱的なリズムが印象的な『La Fiesta』へと展開していく。エレピ、フルート、ヴォーカル、ベース、パーカッションが一体となって織りなすドラマティックな構成で、アルバムのクライマックスを高らかに締めくくっています。

この時期のコリアは、フリー・ジャズやアヴァンギャルドに傾倒していた時期を経て、リリカルで内省的な音楽へと回帰しつつありました。その中で出会ったECMのマンフレート・アイヒャーの美学が、この作品の空気感と見事に合致したともいえるでしょう。

※ ECM(Edition of Contemporary Music)の創設者マンフレート・アイヒャーは、「音の間(ま)」や空間の響きを重視し、静けさや透明感を持つ音づくりを徹底したプロデューサー。彼の手がける作品には、過剰な装飾を排し、音が持つ本質的な美しさを引き出す哲学が貫かれており、本作でもその感性が随所に現れている。

『Return to Forever』は、のちにマハヴィシュヌ・オーケストラやウェザー・リポートらが展開するハードで複雑なフュージョンとは異なる、より叙情的で詩的なアプローチを提示しました。スピリチュアルで瞑想的な質感を持ちつつ、同時に革新的なサウンド構築がなされている点で、独自の立ち位置を確立しています。

この作品をもって、チック・コリアは「Return to Forever」というバンド名を掲げ、大胆なエレクトリック・ジャズへと進化していくことになります。つまり、このアルバムは、壮大なフュージョン・サーガの序章でもあり、その後の音楽的展開を予感させるスケッチのような役割を果たしていたのです。

4コマ作者

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商業誌での受賞経験あり。
約1年間Web連載の漫画原作(ネーム担当)経験あり。
2019年よりフリーで活動中。
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