ここはとある町の喫茶店。
レコードを聴きながら今日もマスターはつぶやく。
【4コマ漫画】喫茶店マスターのつぶやき16

『My Funny Valentine』の解説
『My Funny Valentine』は、ジャズのスタンダード・ナンバーの中でも、とりわけミステリアスで哀愁漂う一曲です。
もともとは1937年のミュージカル『Babes in Arms』のために書かれたポピュラー・ソングで、チェット・ベイカーやビル・エヴァンスなど、数えきれないほどの巨匠たちがこの曲を愛し、それぞれの色で染め上げてきました。
中でもマイルス・デイヴィスが1964年2月12日、ニューヨークのリンカーン・センターでのチャリティ・コンサートで披露した演奏は、この楽曲の解釈において一つの頂点とされています。
この日のライヴ音源は、アップテンポな曲を集めた『Four & More』と、バラード中心の『My Funny Valentine』という2枚のアルバムに分けて発表されました。
疾走感あふれる『Four & More』が「動」なら、このアルバムはまさに「静」。同じ日の演奏でありながら、驚くほどクールでセンシティブ、そして限りなく自由で耽美的なマイルス・バンドの姿が刻まれています。
当時のパーソネルは、マイルスのほか、ハービー・ハンコック(ピアノ)、ロン・カーター(ベース)、トニー・ウィリアムス(ドラムス)、そしてテナー・サックスのジョージ・コールマン。のちに「黄金のクインテット」と呼ばれる伝説のグループが完成する一歩手前、ウェイン・ショーターが加入する直前の貴重な記録でもあります。
特筆すべきは、やはり冒頭のタイトル曲『My Funny Valentine』です。 マイルスには、1956年のいわゆるマラソン・セッションで録音されたアルバム『Cookin’』にも同曲の決定的な名演がありますが、この1964年盤はそれを超えるほどの構築美を湛えています。
冒頭、静まり返った会場に響くマイルスのトランペットは、どこか脆く、そして鋭い。あえてメロディを大きく崩し、一音一音を絞り出すように吹くその姿は、聴き手の心の奥深くまで刺さるような緊迫感を生み出します。
そこに寄り添うリズム・セクションの化学反応もまた、この演奏を特別なものにしています。弱冠18歳だったトニー・ウィリアムスの刻むリズムは、単なる伴奏の枠を超え、時にテンポを揺らし、時に激しい打音でマイルスを鼓舞します。マイルスが重んじた「音を出しすぎず、空白(スペース)を活かす」という引き算の美学が、バンド全体で高い次元で体現されているのです。
派手なスウィング感はありませんが、夜の静寂の中でじっくりと向き合いたくなるような、究極のバラード演奏。歌詞に込められた「不器用な愛」を、言葉以上に雄弁な楽器の対話で描き出しており、ジャズの奥深さを知りたい初心者の方にこそ、部屋の明かりを少し落として聴いてほしい歴史的な名演です。
4コマ作者
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商業誌での受賞経験あり。
約1年間Web連載の漫画原作(ネーム担当)経験あり。
2019年よりフリーで活動中。
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