どうも、ズワイガニです。
ジャズのレコード・レーベル(レコード会社)と聞いて、真っ先に思い浮かぶのはどこでしょうか? おそらく、多くの人が「ブルーノート(Blue Note)」を挙げると思います。
しかし、1950年代のアメリカには、ブルーノートと人気を二分する「西の横綱」が存在しました。 それが今回ご紹介する、ロサンゼルス発の名門レーベル「パシフィック・ジャズ・レコード(Pacific Jazz Records)」です。
黒っぽく都会的な東海岸のジャズに対し、開放的で知的、そして何よりジャケットが抜群にスタイリッシュ。「ジャズを聴くなら、かっこいいレコードを持っていたい」、そんな初心者の願いを叶えてくれる、このレーベルの歴史とこだわりに迫ります。
始まりは小さなクラブから。創業者リチャード・ボックの挑戦
パシフィック・ジャズは1952年、プロデューサーのリチャード・ボックと、ドラマーのロイ・ハートによってロサンゼルスで設立されました。
当時のジャズ界は、ニューヨークを中心とした「ビバップ」や「ハード・バップ」が主流。情熱的で激しい演奏が良しとされていました。しかし、ボックは西海岸特有のリラックスした空気感に可能性を感じていました。
レーベルの運命を決定づけたのは、ロサンゼルスの小さなジャズ・クラブ「ザ・ヘイグ」での出来事です。 ボックはここで、バリトン・サックス奏者のジェリー・マリガンと出会います。マリガンは、ピアノを入れない「ピアノレス・カルテット」という前代未聞の編成で演奏していました。
「和音を奏でるピアノがいないなんて、ジャズとして成立するのか?」と周囲が懐疑的になる中、ボックはこのスカスカだからこそ軽やかで心地よいサウンドに惚れ込み、即座に録音を決意。これがレーベル第1弾としてリリースされると、全米で異例の大ヒットを記録します。
設立直後の弱小レーベルが、いきなり時代の最先端に躍り出た瞬間でした。
「ジャケ買い」文化の先駆け? 視覚で楽しむジャズ戦略
パシフィック・ジャズを語る上で絶対に欠かせないのが、その「ビジュアル戦略」です。
当時の東海岸のレコード(特にブルーノートやプレスティッジ)は、スタジオ内の演奏風景や、夜の街をイメージさせるデザインが主流でした。 対してパシフィック・ジャズは、新進気鋭の写真家ウィリアム・クラクストンを起用し、まったく新しいイメージを打ち出します。
- 太陽の下、ビーチでくつろぐミュージシャン
- オープンカーやモダンな建築物
- Tシャツやチノパンなどのラフなファッション
クラクストンは、ミュージシャンを「苦悩する芸術家」としてではなく、「カリフォルニアの若者たちのライフスタイル」として切り取りました。
これにより、パシフィック・ジャズのアルバムは「部屋に飾っておきたいインテリア」としての価値も持つようになります。現代に続く「ジャケ買い」の文化は、このレーベルが育てたと言っても過言ではありません。
「クール」から「ソウル」へ。レーベルの変遷と多様性
「パシフィック・ジャズ = クール・ジャズ」というイメージが強いですが、実は時代とともにそのサウンドは大きく変化しています。
レーベル初期は、ジェリー・マリガンやチェット・ベイカー、バド・シャンクといった白人ミュージシャンを中心とした、室内楽的で整ったサウンドが特徴でした。
しかし1960年代に入ると、創業者リチャード・ボックは黒人音楽のルーツである「ファンキー」や「ソウル」の要素を取り入れ始めます。
レス・マッキャン(ピアノ)やジャズ・クルセイダーズといったアーティストを発掘し、泥臭くも乗りやすいソウル・ジャズ路線を開拓。これにより、レーベルは「おしゃれなBGM」の枠を超え、熱いライヴ・ファン層も獲得することに成功しました。
さらにボックはインド音楽にも傾倒し、ラヴィ・シャンカールを紹介するなど、ジャンルの枠を超えた「ワールド・ミュージック」の先駆け的な活動も行います。
この時期、ボックの多国籍な興味に伴い、レーベルの社名は「ワールド・パシフィック(World Pacific)」に変更されたんじゃ。ただし、すべてのロゴが切り替わったわけではなく、 ジャズの作品には引き続き愛着ある「Pacific Jazz」のロゴが使われることも多く、時期や作品によって二つの名前が混在しておるぞ。
パシフィック・ジャズを知るための名盤3選
レーベルのカラーを理解するのに最適な3枚を厳選しました。
Gerry Mulligan Quartet Volume 1 / ジェリー・マリガン・カルテット (1952)
レーベルの記念すべきスタート地点。ピアノがないことで生まれた隙間を、バリトン・サックスとトランペットが対話するように埋めていく様は、まさに職人芸。
「ジャズはうるさい」と思っている人にこそ聴いてほしい、小粋でポップな傑作です。ここから西海岸ジャズの歴史が始まりました。
Chet Baker Sings / チェット・ベイカー (1954)
「歌うトランペッター」としてチェット・ベイカーを不動のアイドルにした一枚。
甘く中性的な歌声はもちろんですが、注目すべきはウィリアム・クラクストンによるジャケット写真です。マイクに向かうチェットの横顔を捉えたこの写真は、ジャズ史上最も有名なポートレートの一つ。レーベルの美学が凝縮されています。
Freedom Sound / ジャズ・クルセイダーズ (1961)
「パシフィック・ジャズは静かなジャズだけでしょ?」というイメージを覆す一枚。トロンボーンとテナー・サックスの2管編成が、ファンキーで土臭いメロディを力強く奏でます。
後のフュージョン・ブームへとつながるグループのデビュー作であり、レーベルが60年代に見せた熱気を象徴する作品です。
おわりに
今回は、西海岸を代表する名門レーベル「パシフィック・ジャズ・レコード」について解説しました。
華やかなジャケットとサウンドで一時代を築いたパシフィック・ジャズですが、その後の歴史は決して平坦ではありませんでした。 1957年には、創業者の興味が広がったことで「ワールド・パシフィック・レコード」へと改名。その後、1965年にはリバティ・レコードに売却され、ユナイテッド・アーティスツへの合併を経て、1971年には惜しまれつつもレーベルとしての活動を停止しました。
その後、1979年にEMIが権利を獲得しましたが、現在はユニバーサル・ミュージックがその膨大なカタログを管理しています。そのため、今日私たちがレコードショップや配信サービスでこれらの名盤を楽しめるのは、ブルーノート・レコードの兄弟分として大切に保存されているからなのです。
ブルーノートが「ジャズの聖書」なら、パシフィック・ジャズは「西海岸のフォト・アルバム」。時代や会社が変わっても、その溝に刻まれたカリフォルニアの風は色褪せません。
ぜひ、パシフィック・ジャズ・レコードのお気に入りの一枚を見つけてみてくださいね!


