どうも、ズワイガニです。
突然ですが、ジャズって聞くと、どんなイメージを思い浮かべますか?
サックスがブリブリと音を立てて吹きまくったり、ドラムがドコドコと激しくリズムを刻んだり、ピアノの鍵盤を端から端まで猛スピードで弾き倒したり・・・そんな音のシャワーみたいなイメージを持っている人も多いんじゃないでしょうか。
たしかに、圧倒的なテクニックで音を詰め込むプレイスタイルもジャズの大きな魅力です。でも、実はそれと同じくらい、いや、もしかしたらそれ以上にジャズ・ミュージシャンたちが大切にしているものがあるんです。
それが今回のテーマ、「無音(スペース)」です。
「えっ、音楽なのに無音・・・?」と思うかもしれません。でも、ジャズにおける「無音」は、ただの「お休み」ではありません。あえて弾かないことで、残された音の輪郭を際立たせ、聴く人の耳に強烈な緊張感やグルーヴを生み出す、超重要なテクニックなんです。
今回は、音をいかに詰め込むかという技術論から少し離れて、空間認識の観点からジャズにおける「スペースをデザインする美学」について考察していきたいと思います。
これを読めば、次にジャズを聴くとき、「鳴っている音」だけでなく「鳴っていない音」にも耳を傾けたくなるはずですよ!
音を詰め込むだけがジャズじゃない!スペースの魔法とは?
ジャズの歴史を振り返ってみると、1940年代にビバップというスタイルが誕生して以来、「いかに複雑なコード進行の上で、速く、多くの音を正確に弾くか」という超絶技巧がもてはやされる時代がありました。チャーリー・パーカー(アルト・サックス)やディジー・ガレスピー(トランペット)といった天才たちが、息もつかせぬフレーズの応酬を繰り広げていたわけです。
でも、キャンバスの全面を絵の具で塗りつぶした絵が必ずしも美しいとは限らないように、音楽も音が隙間なく詰め込まれていると、聴いている側は息苦しくなってしまうことがあります。そこで重要になってくるのが「空間認識」です。
音楽における空間認識とは、キャンバス(時間)の中に、どこに音を置き、どこを余白(無音)として残すかをデザインする感覚のこと。日本庭園の「枯山水」や、水墨画の「余白の美」をイメージしてもらうと分かりやすいかもしれませんね。
あえて音を鳴らさないスペースを作ることで、次に鳴るたった一音のインパクトが何倍にも膨れ上がります。また、無音の瞬間にリズムのタメが生まれ、それが独特のグルーヴ(ノリ)や緊張感を生み出すのです。
弾かないことで、逆にリスナーの想像力を刺激し、音楽のスケールを広げる・・・これが、ジャズにおけるスペース・デザインの魔法なんです。
マイルス・デイヴィスが愛した「間」の美学
この「スペースの魔法」を語る上で絶対に外せないのが、「ジャズの帝王」ことマイルス・デイヴィス(トランペット)です。
マイルスは、ビバップの時代にチャーリー・パーカーのバンドでプレイしていましたが、彼はパーカーのように超絶技巧で音を詰め込むタイプではありませんでした。むしろ、自分の持ち味は「音の選び方」と「間の取り方」にあると気づいたのです。
そんなマイルスに多大な影響を与えたのが、ピアニストのアーマッド・ジャマルです。ジャマルは、当時のジャズ・ピアノの常識だった「右手でメロディを弾きまくり、左手でコードをガンガン鳴らす」というスタイルとは一線を画し、極端なまでに音数を減らし、空間をたっぷりと使ったプレイをしていました。
マイルスはジャマルのこのスペースの使い方に惚れ込み、自分のバンドのピアニスト(レッド・ガーランドなど)に「ジャマルのように弾け」と指示したという有名なエピソードがあります。
マイルスのトランペット・ソロを聴いてみると、フレーズとフレーズの間に、ハッとするような長い「無音」が挟まれることがよくあります。この無音があるからこそ、次に吹き鳴らされるトランペットの音が、まるで暗闇に差し込む一筋の光のように美しく、そして鋭く響くのです。彼はまさに、音を吹くことと同じくらい「沈黙を演奏する」ことに長けた天才でした。
沈黙でスウィングする男、カウント・ベイシー
「無音」の美学をビッグバンドという大所帯で体現したのが、カウント・ベイシー(ピアノ)です。
ビッグバンドといえば、トランペット、トロンボーン、アルト・サックス、テナー・サックスなどがズラリと並び、大音量でド迫力の演奏を繰り広げるのが醍醐味ですよね。
しかし、バンドリーダーであるベイシー自身のピアノ・プレイは、驚くほどシンプルで音数が少ないのが特徴です。分厚いホーン・セクションが派手に鳴り響いた後、スッと音が止み、静寂の中でベイシーが「ポロン・・・」と高い音をたった一つ鳴らす。ただそれだけで、信じられないほどのスウィング感(ジャズ特有の弾むようなリズム感)が生まれるのです。
これは、ベイシーがバンド全体のサウンドをひとつの巨大な空間として認識し、どこに自分の音を配置すれば最も効果的かを完全に計算し尽くしているからこそできるワザです。
彼のワンノート(一音)は、無音というキャンバスに打たれた完璧な句読点であり、その一音があるからこそ、バンド全体のグルーヴがキュッと引き締まるのです。弾かないピアノでビッグバンドをスウィングさせるベイシーの空間認識能力は、まさに神業と言えるでしょう。
予測不能な「無音」のグルーヴ、セロニアス・モンク
もう一人、「スペースの達人」として紹介したいのが、超個性派ピアニストのセロニアス・モンクです。
モンクのピアノは、まるで子供がデタラメに鍵盤を叩いているかのような不協和音や、つっかえるような独特のリズムが特徴です。しかし、彼のプレイを注意深く聴いてみると、そこには緻密に計算された「空間」が存在していることに気づきます。
モンクは、リスナーが「ここで次の音が来るだろう」と予測するタイミングをあえて外し、予想外のタイミングで音を落とし込んだり、逆に不自然なほどの長い空白を作ったりします。この予測不能な無音が、強烈な緊張感を生み出し、聴く者を彼の独自の世界へと引きずり込むのです。
また、モンクは他のメンバーがソロを弾いている間、バッキング(伴奏)を突然やめてしまい、ピアノから離れてステージ上をウロウロと謎のダンスを踊り出すこともありました。
ジャズの解説ではよく、「これは単なる奇行ではなく、今はピアノの音がない方が空間が活きてソロが引き立つという彼なりの高度な空間認識に基づくアプローチである」と語られます。実際、過去には共演したマイルス・デイヴィスから「頼むから俺のソロのバックで弾かないでくれ」と怒られたこともあるほどなので、彼の無音が結果的に共演者を活かしたという側面は確かにあるでしょう。ただ、ウロウロと謎のダンスを踊り出すことに関しては「ただの自由すぎるおじさん」だったのかもしれません(笑)
真相はモンクのみぞ知るところですが、ひとたび彼がピアノに向かい、自身のソロを弾き始めれば話は別です。あの予測不能で隙間だらけの不協和音の裏には、紛れもない「天才による緻密な空間計算」が張り巡らされています。
気まぐれな奇行と、息を呑むような計算。その両方がスリリングに交差するからこそ、セロニアス・モンクの生み出す空間は最高に面白いのです。
【名盤紹介】「無音」を味わうおすすめアルバム4選
さて、ここまで「スペースの美学」について語ってきましたが、百聞は一見に如かず。実際にその「無音」の魔法を味わえる、初心者の方にもおすすめの歴史的名盤を4枚ご紹介します!
Kind of Blue / マイルス・デイヴィス (1959)
ジャズ史上最も売れたアルバムであり、「スペースの美学」の最高峰。激しいコード進行を捨て、スケール(音階)を基調とした「モード・ジャズ」という手法を取り入れたことで、メロディに無限の自由と広がりが生まれました。
マイルスのトランペットはもちろん、ビル・エヴァンス(ピアノ)の透き通るようなバッキングも、空間の美しさを際立たせています。静寂の夜に、部屋を暗くして聴きたい一枚です。
At the Pershing: But Not for Me / アーマッド・ジャマル (1958)
マイルス・デイヴィスにスペースの重要性を教えたアーマッド・ジャマルのライヴ・アルバム。シカゴのホテルでの演奏を録音したもので、当時のジャズとしては異例の大ヒットを記録しました。
代表曲『Poinciana(ポインシアナ)』での、ドラムの軽快なリズムに乗せて、ジャマルがゆったりと、そして効果的に音を配置していく様は、まさに空間デザインのお手本。心地よいグルーヴに自然と体が揺れるはずです。
The Atomic Mr. Basie / カウント・ベイシー (1958)
カウント・ベイシー・オーケストラの黄金期を捉えた大名盤。ニール・ヘフティの素晴らしいアレンジによる分厚いアンサンブルと、ベイシーの「弾かないピアノ」の対比が見事です。
特に『Li’l Darlin’』というスロー・テンポの楽曲では、バンド全体が息を殺すような極限の弱音と無音のコントロールを見せ、その緊張感と美しさに鳥肌が立ちます。ビッグバンドの概念が変わる一枚です。
Brilliant Corners / セロニアス・モンク (1957)
セロニアス・モンクの天才的な作曲能力と、独特の間合いが堪能できる傑作。タイトル曲の『Brilliant Corners』は、テンポが途中で変わったり、不規則なリズムが連続したりと非常に複雑な曲ですが、その中でモンクが作り出す「奇妙な空白」が、えも言われぬグルーヴを生み出しています。
ソニー・ロリンズ(テナー・サックス)やマックス・ローチ(ドラム)といった名手たちとの、ヒリヒリするような空間の奪い合いも聴きどころです。
おわりに
今回は、ジャズにおける「無音」と「スペース」の美学について、空間認識の観点から考察してみました。
音楽は「音」を楽しむものですが、ジャズにおいては「音がない瞬間」もまた、立派な演奏の一部です。あえて弾かないことで生まれる緊張感、次の音への期待、そして空間全体を包み込むグルーヴ・・・それらを感じ取れるようになると、ジャズを聴く楽しさが何倍にも広がります。
次にジャズを聴くときは、ぜひプレイヤーたちがどんな風にスペースをデザインしているのか、その無音のキャンバスに耳を澄ませてみてください。きっと、今まで気づかなかった新しいジャズの魅力に出会えるはずですよ!

